会社の早期退職制度に応募してアーリーリタイアし、好きなことをして過ごしていたはずなのに、思いがけず再び働くことになってしまいました。
自由で気ままな日々を取り戻し、同じ失敗を繰り返さないように今度はうまくやりたいと思い、自分の行いを振り返りつつ、充実した第二の人生に向けた計画づくりを進めていきます。
これまでの振り返り
30代の頃から「早く仕事をやめてのんびりすごしたい」と考えてずいぶん時間がたつ。
会社勤めがいやだったことと、仕事を通じた自己実現というものにも興味がなかった。
働いて収入を得るのはあくまで手段であると割り切っていた。
一方で、仕事をやめることは簡単だが、その後の生活を成り立たせることが難しいということも十分理解していた。
また、仕事をやめた後に何かをやりたいという強烈な情熱もなく、漠然と「~できればいいな、~やってみたいな」という程度の願望しかなかった。
これでは無収入で無気力な中年親父が一人出来上がるだけでしかない。
このように、自分の中ではいつも早く仕事をやめたいという気持ちはあったが、
闇雲に仕事をやめてしまうと家族にも迷惑をかけてしまうこともわかっていたので、
いつも中途半端な気持ちで仕事に向き合っていた。
1度目の退職と再就職
新卒で就職した某証券会社は10年目で自主廃業し、あの時は大変な思いをした。
当時は30代になったばかりなので幸いにも転職先には困らなかったが、一時は収入が途絶える中で家族を養っていけるかどうかという不安と恐怖に押しつぶされそうになった。
自分の人生を自分の意思で生きられる力を持たないことの無力さを痛感した。
この件をきっかけに会社で働くことに期待や夢を持たなくなった。
早期退職はゴールではない
早期退職することは、その後の人生をより豊かにするための手段であり、転換点でしかない。早期退職することが目的になれば、その後の人生において目標を失って途方にくれてしまいかねない。
惰性で仕事をする生活から抜け出してより主体的な人生を送るために会社を辞めるというのが、自分にとっての早期退職のあるべき姿なのだと考えるようになった。
とはいっても早期退職できる状況にまで持っていかないと話は始まらない。
あれこれと思い悩む間に、退職後の不安を小さくするために不可欠な経済的基盤の確立にまずは力を注いだ。
具体的には投資を通じた資産形成である。
これと見込んだ会社の株式に現物の買いで長期投資をすることで、時間はかかったがそれなりの金融資産を築き上げることができた。証券会社時代に学んだことが役に立った。
会社情報の分析はとても楽しく、結果がそのまま自分の経済的利益となることで大きな達成感も得られた。いつしか、会社を辞めたら個人投資家として生きて行きたいと思うようになっていた。
よりよく生きるための手段としての早期退職の手段である投資が目的になってしまった。
まあ、経済的自立は選択肢と可能性を広げてくれるし、個人投資家という生き方は自分の力で人生を切り開くイメージもあるので、悪くない。
退職後の自分はまずは個人投資家でいこう、そう心に決めた。この時点で50歳を超えてしまっていた。
資産をさらに増やすことができれば、プライベートバンクのお世話になって自分は新たに熱中できるものを見つけてもいいとも思うようになった。
経済的自立は確かに選択肢を増やしてくれる。
また、経済的なめどがたつにつれて、趣味の自転車の世界をもっと広げたいと思うようになった。自転車でいろんな場所を走り、風を感じたくなったのだ。
そのためにはある程度若くて体力があるうちに退職したほうがいいので、早期退職に向けた願望がより高まるようになった。
アーリーリタイアした人たちのブログを読み漁って参考にしたり、家計相談の”年齢**歳、収入、貯蓄、住宅ローン**円あり、家族構成は○○ですが、早期退職できるでしょうか”、というようなFP相談のサイトを読みながら、自分だったら大丈夫そうだと確認したりした。
背中を押したのは会社の早期退職制度実施
50歳を過ぎて会社を辞めても生活に心配がない水準の資産を持つようになり、あと一押しが欲しい日が続いていた。
勤めていた会社は、かつては自由な社風と高収益で居心地が良かった。
しかし、時代の流れで収益モデルが陳腐化し、斜陽化していたにもかかわらず新しい成長ビジネスを構築することができずに閉塞感ばかりが強まっていた。
成功体験が鮮やかだった企業にはありがちなことである。
やがて過去の不正経理が表面化したことで、構造改革の機運が強まり、早期退職制度を実施することとなった。私の年代に対する割り増し退職金はかなりの優遇があり、その上会社都合の退職扱い+再就職支援サービス付きというものだった。
家族に同制度のことを話し、応募する意向を示したところ反対もされなかったので、部門内での面談を経て退職に踏み切ることにした。52歳になっていた。
1度目の時と同様、会社の不正をきっかけとした会社都合の退職となった。
退職する意思を告げてから実際に退職するまでに数ヶ月の時間があった。
その間、退職にむけた情報の収集、退職後の旅行計画立案、再就職支援会社の選定(実際には再就職するつもりはなかったが興味があった)などなど、会社に所属しながら心ここにあらずですごした。
独立系金融アドバイザー(IFA)に話を聞きにいき、キャッシュフロー表を作ってもらって生涯にわたって資産がマイナスにならないという見通しも立った。
ただ、IFAの提案は自分にはそれほど魅力的には映らなかった。
めでたくアーリーリタイアした!
仕事はそこそこで、有給休暇を消化しながら旅行したりした退職までの数ヶ月は楽しかった。ストレスもプレッシャーも無く、給料はきちんと頂けたので当然である。有給休暇を消化し切れなかったのは心残りであるが。
私以外にも多くの人が早期退職制度に応募していたが、お互いに口外せずに仕事とそれ以外のことをやっていたので、あの頃の社内の雰囲気はなんだか浮き足立っていたことを覚えている。
送別会をあらかた終えて迎えた最終出勤日、社内で挨拶し、もろもろを返却して無事に退職。この上ない開放感を感じたものだ。
社内のあちこちで同様の退職挨拶と拍手の光景がみられた。
この時点で自分としてはもう会社勤めなんてするつもりは無かった。
ただ、個人投資家として株式を売ったり買ったりする毎日だと精神的にキツイものがあると思い、持ち株の構成を徐々に高配当株にシフトし、配当金収入だけでも生活できるようにするという方針をもっていた。この作業は今に至るも完了していない。