2拠点生活でセカンドライフを楽しく生き抜く

50代で早期退職し、東京と長野で2拠点生活をしています。

白洲正子自伝(著者:白洲正子)を読む

かつて芸術新潮で連載されていたのをまとめたもの。最近の読書の例に漏れず、買ってからかなり長い間積読状態であったのをようやく手に取った次第。訃報(1998年)に接して自伝を購入し、今になってから読むことが叶った。

本を読むのは長年サボっていたが、町田市の白洲邸旧居の武相荘には何度か見学に行ったことがある。

白洲夫妻のセンスと美意識が感じられる美しい場所であった。今は郊外の住宅地然とした立地にたたずんでいるが、戦中に疎開された時は、長閑な田園風景が遠くまで見渡せたことが想像できる。

町田市の武相荘

白洲正子については、芸術品の目利きで白洲次郎の妻で、もと華族で美意識の高い人、というイメージを持っていた。

同書を読み終えてもその印象は変わらなかった。戦前の華族の一員として、庶民とはかけ離れた華麗な生活(豪華な邸宅、別荘、海外経験、自宅に黒田清輝の油絵がかかっていたり、運転手付きの自動車、華麗な人脈や交友関係、歴史上の人物とのつながりなど)を普通の出来事のように記し、自分は大して豊かでもないと言ってのけるあたり、とても普通の人ではない。

しかし、嫌味を感じないのは彼女の潔い性格のためだろうか。人の本質を見抜き、分け隔てなく付き合うことができるのは自分の価値観を持ち、芯がしっかりした人なのだと思う。また、品の良さと何よりも日本人らしい奥ゆかしさが文章から感じられた。

古き良き時代、戦前、戦中、戦後の各時代のそれぞれのエピソードは、実体験として興味深く読めた。また、長い人生で嫌なことや苦労もたくさん経験してきたはずなのに、そういうことには触れない姿勢でいることで読後感がとても爽やかである。

東京オリンピックの時に敢えて西国三十三箇所観音巡礼を行ったのが、54歳の時と知り、振り返って何事もなし得ていない自分に焦りを感じた。

自分の人生において、これをなしえたと胸を張って言えることが何もないのでは生きてきた甲斐がない。この本を読んで自分を顧みることが多かった。