オールドタイプとニュータイプ
これまでの社会では価値があった、従順で、論理的で、勤勉で、責任感の強い「優秀な人材」=オールドタイプと、これからの時代において評価される、自由で、直感的で、わがままで、好奇心の強い人材=ニュータイプとを対比し、オールドタイプはニュータイプへと転換すべきと説いている。
「オールドタイプ」は「論理とサイエンス」に依拠。
「ニュータイプ」は「美意識とアート」が武器。
6つのメガトレンドで「優秀さ」の物差しが変わる
根底にあるのは、6つのメガトレンド(1. 飽和するモノと枯渇する意味、2. 問題の希少化と正解のコモディティ化、3. クソ仕事(意味のない仕事)の蔓延、4. 社会のVUCA(Volatile, Uncertain, Complex, Ambiguous)化、5. スケールメリットの消失、6. 寿命の伸長と事業の短命化)。
つまり、パラダイムの変化、枠組みの変化、テクノロジーの変化、価値観の転換、価値観の基準や評価の基準の変化が進んでいるのだ。
これらのトレンドに沿って人材をアップデートすべきだということである。
時代に合った優秀さの物差しというものがあり、これからの時代で優秀とされるのがニュータイプ。
メガトレンドの変化に合わせた考え方、行動様式をとりいれることによってニュータイプへと転換する必要があるというのだ。
以下、ニュータイプの価値創造、競争戦略、思考法、ワークスタイル、キャリア戦略、学習力、組織マネジメントのそれぞれについて、オールドタイプのやり方と対比しながら説明が続く。
感想 :クソ仕事の蔓延に共感
漠然と感じていることを実例などを用いて分かりやすく対比しながら説明されるので、自分もニュータイプになるべく行動しようと言う気持ちになる。
中でも共感したのは「3.クソ仕事の蔓延」。
前職で早期退職制度の導入に手を挙げられたのは、これがあったのだなと膝を打つ思いがした。
同書では、”仕事というものを一般に「価値あるもの」と考える風潮があり、だからこそ多くの人は「無職」という状況に何らかの後ろめたさを感じる”としている。
しかし、”「モノの過剰化」と「問題の希少化」というメガトレンドのかけあわせが生み出した「クソ仕事の蔓延」という事態においては、仕事が無いことや無職、「失業」は、生産性向上の末に達成されたむしろ歓迎すべき状況だと考えるべきだ”と述べている。
自分がいた会社は、テクノロジーの変化と働き方や社会が変化する中で、いまだにモノにとらわれた状態から脱却できず、社会に価値を提供するどころか、社会の変化に水を差すような存在にすらなりかねないと感じていた。
その中で働く自分の仕事の価値にも疑問を感じていたのだ。
アーリーリタイアメントは間違っていなかった
「6. 寿命の伸長と事業の短命化」では、事業の短命化に伴って人生の途上において複数回のキャリアチェンジを余儀なくされるとも述べられている。
社会的な役割を終えた事業から身を引いて新しいことをするのは、これからは当たり前だと感じられた。
「逃げる」ということについても肯定的に捉えており、逃げることが結局社会を良くすることになるとも述べている。
これは、オールドタイプ的な組織を淘汰し、ニュータイプ的な組織が有用な人材を活用しやすくなるため。
同書を読み通した後、アーリーリタイアメントすることで自分の人生の意味を再定義しようとする考えが、著者の述べているメガトレンドの中では自然なことだったのだと理解した。
そして、自信がなかったばかりに無職ということに後ろめたさを感じ、なんとなく再就職してしまってよかったのかと、改めて自分に問いかけている。
どこかに所属して働くつもりは無いが社会との関わりさえ断ち切ってしまおうというつもりは無く、自分がやりたいことをやりながらこれからも成長し、このことを通じて社会に意味や価値を提供していくことができれば、アーリーリタイアメントした人であってもニュータイプになることはできるのだ、と自分に都合よく解釈したい。
哲学や教養の重みが増すことに
テクノロジーの進化によって、問題解決することの価値が小さくなり、構想力やビジョンを作る力がより求められるようになるとすれば、哲学や教養というものの価値が高まり、人はより深く考えることが重要になる。
賢者のような存在がより求められるようになるのではないだろうか。
ガンダムのニュータイプでいう、洞察力に優れた人というのではなく、森の賢者のような存在がイメージとして浮かぶ。
もしくは白洲次郎が称していたカントリージェントルマンか。
昨年退職した時に、この本がまだ出版されていなかったことが残念だ。